今回のインタビューはマルク・カルプレス氏。
「マルク・カルプレス」といえば、「マウントゴックス」を連想する読者が多いのではないだろうか。事件の話題ばかりが多いが、彼は初期のビットコイン急成長の荒波に直面し乗り越えてきた数少ない人物の1人でもある。ビットコインに出会った当時のサトシ・ナカモトとのやり取りやマウントゴックス事件のエピソードに至るまで、カルプレスが歩んできた道と共に暗号通貨の過去と未来を語りたい。
まず、マルクがこの業界に入ってくる以前の話から教えてもらえますか?
最初はフランスのネットゲーム会社に就職しました。2年程務めた後、起業したのですが、それと同時に「NEXTWAY」というオンライン小売業者向けの電子商取引サービスプロバイダ会社に入社しました。
当初はエンジニアとして働いていましたが、5〜6年後には、研究開発部長のような立場兼決済担当をするようになっていました。当時の社長に「日本にいきたい」と伝えたところ会社の方針と重なっていた為フランスから日本に来ることができました。
中学生の頃に日本のアニメを見て、日本人のことや日本の文化を知り、すごく興味を持ちました。
初めて日本に来たのは20歳の時かな。2009年6月に日本に来てから、会社を辞めて、10月には、「Tibanne」というホスティング企業を自分で立ち上げました。
話を聞いているとインターネット関係の会社ばかりですが、そこからどうしてこの業界へ?
2010年頃、いつも決済に困っていたペルー在住のフランス人顧客がビットコインで決済がしたいと言い始めたのがきっかけで、2010年6月頃からビットコインについて調べはじめました。
早速、「Bitcoin-Qt(ビットコインクライアント)」と呼ばれるソフトウェアを自分のパソコンにインストールしたら、翌朝には50BTCをマイニングできていました。今だと考えられないと思いますけど。(笑)
そこから、自社で決済システムを開発し、ビットコインの支払いを受けることができるようにしました。
そんな早い段階で!もしかしたら、Tibanneはビットコインで支払いを受けることができる初めての会社だったかもしれないですね!
ビットコイン決済を導入してから、他にも同じようにビットコイン決済したいという顧客はいました?
決済の話題で思い出しましたが、ビットコインの技術者のコミュニティに参加して、その中でサトシ・ナカモトさんと揉めたことがあります。
はい。私がやりたかったのは、新しいビットコインクライアントを作ることでした。でもサトシさんはそれを嫌がりましたね。その後、勝手にやりますと言って開発しましたけど。(笑)
でも結局は、そのタイミングで「マウントゴックス」を買わないかという話が入ってきたので、それが陽の目を見ることはありませんでした。
なぜ「マウントゴックス」を買おうと思ったのですか?
リップルの共同設立者で、後にステラも開発したジェド・マケーレブ氏から、秘密の話だけど売りたいと打診があったからです。大きくなって運営が手に負えなくなり、私に声がかかりました。
当時、「面白そうだけど、会社を買い取るようなお金はないよ」と話したら、お金はいらないというので、前金ゼロで半年間利益の半分を渡す事と、半年後に会社の株式を12%渡すという条件で譲り受けました。もちろん他にも、彼を裁判から守る事だったりとか色々条件はありましたが。
「マウントゴックス」は最初何人からスタートしたのですか?
譲り受けたときは、顧客が3000人くらいでしたので。ただ3か月後には20倍の6万人。そこから100万人超まで増えました。
マルク自身がビットコインの可能性を感じたのはどういう時でした?
フランスにあった前の会社で決済担当をしていた時に、決済についていろいろと経験を積みました。その時は1日に何億という金額を扱っていたのですが、実際自分の会社になると規模が違うので、月に何十万という金額。
金額が小さいので銀行でもいい条件ではなかなか決済ができなかったのです。それで、先ほども話したように決済にビットコインを取り入れるようにしたら、すごく簡単にできて感動しましたし、大きな可能性を感じました。
実際にシステムは上手くいって、かなり利用されていました。
大きいお客さんだとシルクロードとか。(笑)
結構大きな事件だったよね。運営者だったロス・ウルブリヒトはまだ刑務所だよね。通常なら一生出所はできないか・・。そう言えばビットコインの財団をやっていた人も捕まったりしなかった?
結局ビットコインの初期に関わっていた財団の人たちは、実はみんな捕まっていたりするからね。ビットインスタントの人とか。シルクロードの創設者もその一人。
確かにビットコインは、最初はサトシ・ナカモトを中心にマルクのような技術者のコミュニティからスタートしましたよね。その後少し認知され始めたあたりから、リバタリアン思想の人や、シルクロードみたいなダーティーな人が入ってきてしまった。
過激と言えば過激でしたし、人によっては危険な思想を持っていると思われる事もありそうですよね。このような過去の話をしていると、少しずつではありますが、ビットコインが今は浸透してきているなという実感が湧きます。
彼と直接連絡をとったことのある人って今はすごく少数ですよね。
当時はビットコインの技術に興味があった人は、200〜300人くらいしかいなかったので、その当時の人たちはほぼ全員サトシ・ナカモトとやり取りしていると思います。
サトシ・ナカモトと話して印象に残っているエピソードはありますか?
最初にビットコインを理解しようと思った時、ソースコードを読んでみたのですが、ソースコードがごちゃごちゃしていたから、どうしてこう書いたの?というやり取りをしたのは印象に残ってますね。
実は、ビットコインには最初マーケットシステムが入っていたことを知ってました?
ビットコインは最初、バーション0.3が公開されてからみんなに知られるようになったのです。でもバーション0.2にそのマーケットシステムが入っていました。最初からP2Pマーケットができるような設計だったのです。
そう。ブロックチェーン上のメルカリみたいなもの。そういう部分も感動的でした。
マルクはこの業界で今はあまり活動していないのですか?
そうですね。やはりマウントゴックスの事件があって無罪にはなりましたけど、それでも疑う人はいますので。
今は、トリスタン・テクノロジーズというIT会社でCTOをしています。プライバシーを守るための会社ですね。新しい商品を出していて、ネットの回線を早くする仕組みとかですね。あとサーバーの仕組みも作っていて、近い未来公開する予定になっています。
話は変わりますが、通帳とかカードとか全部なくしてしまうと、P2Pのように中央集権ではない場合、お金にアクセスするのは結構難しいですよね。日本は、区役所とかで身分証明書を再発行すれば、銀行でお金を手に入れられます。
確かに中央集権のいいところは、わたしも最近実感していますね。
非中央集権と中央集権、どちらかを選ばなければいけないという事ではないと思っています。商品によっては両方の利点をバランスよく使っていくとか、利用者がどちらかを選べるようにするとか。
今は暗号通貨の情報は積極的に調べたりしないのですか?
今も興味はあるので調べますよ。最近だと「オタクコイン」は面白いな!と思っています。
おお〜!それは私もアンバサダーとして関わっているプロジェクトなので嬉しいです。マルクは日本のオタク文化大好きですものね!(笑)
2018年初頭からはじまった暗号通貨市場の下落に対してはどのように感じていますか?
逆に上がるのが急すぎただけだと思っています。最近も一気に8000ドル付近まで上昇したのは、誰かが大きく入金したというのが理由のひとつだったりします。なのでそのような理由もどうなのだろう?と実は感じています。今よりももっと利用者が増えていけば価格は安定していくのではないでしょうか。
もしコインホルダーにアドバイスがあれば教えてください。
今ビットコインやその他の暗号通貨を保有しているのなら、保有している分はなくなってもいいくらいの金額にするべきだとアドバイスしたいですね。技術面やセキュリティーの問題などまだまだ課題があるので、そうするべきだと私は思います。
投資という視点で見るのであれば、株や外貨などの暗号通貨以外の投資もしたほうがいいと思います。正直なところ、マウントゴックスの時に、色々な人をみてきているので。投資をするのなら注意が必要だと思います。
それと暗号通貨を保有していても取引所に入れているのはお勧めしません。ハードウォレットに入れていたとしても1年に1回は必ず電気をいれて、新しいウォレットに入れなおしたほうがいいかもしれません。
要するにそれくらいの気持ちで投資をするすべきです。
ビジネスをするうえで大事にしていることは何かありますか?
冷静でいる事、人に優しくすることですね。あと技術者としては「技術が人間に合わせるべき」という考え方ですね。
素晴らしい!技術が人間に合わせてくれる生きやすい世の中にして欲しい。(笑)
ビジネスに関して言うと、やはりマウントゴックスの破産が一番大変でした。ビットコインがなくなったっていうところから、裁判所へ行って、申立してすぐ記者会見。その後も裁判とかあって本当に大変でした。
人生でといえば、16歳の頃、家の中がゴタゴタしていて大変で、家出しました。その時パリで生活をしていたのですが、それが大変でしたね。(笑)
駅のエレベーターのところでフライヤーを配って、その日銭でサンドイッチを食べていました。
夜は泊まるところがないので、公園のベンチで寝ようとしたら怪しい人が近づいてきたり、ホームレスの人に誘われて、階段で寝たこともありました。
1週間位で警察に保護されて、いったんは家には帰りましたが、最終的にはパリの街が寮を提供してくれるということになって、1年くらいはパリで生活をしていましたね。
過去に様々な経験もしたおかげかもしれませんが、今は毎日食べられて、家もあるし大丈夫だなと思えます。
でもマルクが友人や周りの人に優しいのは、人並み外れた苦労をしているからなのかもね。
10年後の自分はどういう風になっていると思いますか?
きっとまだ日本にいてやっぱり結婚して幸せな家庭を築きながら、やっぱりコンピューターは離せないなと思います。(笑)
この人はぜひ読者に紹介したいまたはインタビューしたほうがいいという人はいますか?
ビットインスタント創業者のチャーリー・シュレムですね。先ほど話に出てきたシルクロードの事件で捕まっていたのですが、悪意があった訳ではないので、2年ほどで釈放されていますよ。
今のところは、ニール・ドグラース・タイソンですね。アメリカの天体物理学者で、NASAにも関わっている人です。
この方もう宇宙が大好きすぎて、お金が関わってなくてもやるところが好きです。ある種のアーティストだと思います。
星空は季節だけでなく、何百年も経つと変化するのですが、そういうのもわかる人。例えば映画「タイタニック」を観て、1912年の星空は違うよと指摘したりしています。タイタニックの製作陣はそれで新しく作り直してリリースしましたからね。
マルクの趣味や今はまっていることは何かありますか?
クッキングかな。アップルパイがメインですけど。(笑)
あとはコンピューター全般ですね。仕事が趣味なので。
やはり日本ですね。文化も面白いし、人も優しい上に住みやすいです。
ずっと安全に住めるような日本であってほしいと思っています。
あれだけいろいろあったけどそれでも日本という(笑)
ブロックチェーンや暗号通貨で今起こっていることをひと言で表現するとしたら?
「進化」ですかね。新しいものが重なってまた新しいものができるという意味で。ブロックチェーンを使ってまた新しいものができるだろうと思います。暗号通貨でも暗号通貨以外でもきっといっぱい利用する場面が出てくると思います。
もしブロックチェーンの歴史書ができるとしたら、どういう人として名前を残したい?
残したいという意味ではもちろんいい人として残りたいと思うよ!!!(笑)
マウントゴックスの件は、すごく残念だし責任を感じています。でも解決しながら少しでもプラスのほうに変えていきたいなと思っています。
はい。講談社から『仮想通貨3.0』という本を出版します。是非、手に取っていただけると嬉しいです!
暗号通貨の素晴らしさと恐ろしさを両方知り尽くしている私だからこそ、皆さんに語れることがあります。いや、語るべきことがあると思って本書を執筆しました。
「マウントゴックス事件」以前、マルク・カルプレス氏がどのようにビットコインと出会い、その後どのような流れでマウントゴックスを運営するようになったのかを聞いて感じたのは、エンジニアとしての「純粋な好奇心」だったように思う。
多くのエンジニアがこの技術に惹きつけられ、最近では暗号通貨以外の実装事例なども少しずつ出てきている。恐らくブロックチェーンという技術が社会に浸透していくのは間違いないだろう。
ただ一方で、私たちが彼の話から学ばなければならないのは、この10年間荒波に揉まれてきた彼自身がインタビュー中にも言及しているように、ブロックチェーンや暗号通貨はまだまだ課題も多いということだ。
ビットコインが登場してから約10年。彼が経験した教訓をこの先の10年にどう活かすのか、関連業界だけではなく投資家も含めて議論し続けなければならない。
【マルク・カルプレス氏プロフィール】
1985年、フランス・ディジョン生まれ。幼少期からコンピュータに興味を持ち、3歳からプログラミングを始める。15歳頃、友人やネットで知り合った人たちとサーバーホスティング事業を立ち上げる。18歳でゲーム会社に入社し、1年半ほど就業したのち、個人でエンジニアの仕事を多数請け負う。20歳でTelechargement.FR(現Nexway SA)に開発者として入社。研究開発副部長となり、決済関連業務も担当する。 2009年に日本に移住、株式会社TIBANNEを設立し、サーバーホスティング事業を始める。2011年にマウントゴックスのビットコイン事業を譲り受け、その運営に携わることになる。ビットコインの急激な価格上昇期を経験し、世界最大の交換所となるが、2014年にハッキングに遭い、破綻。 2015年に私電磁的記録不正作出・同共用及び業務上横領などの容疑で逮捕されたが、2019年3月に事実上の無罪判決を勝ち取る。 現在はトリスタン・テクノロジーズ株式会社の取締役CTO。 趣味はアップルパイ作り。日本のアニメや漫画に造詣が深く、「アニメソムリエ」の異名を持つ。